田中良和国際法律事務所

カリフォルニア州で、退職後の競業避止義務は原則無効

カリフォルニア州では、退職後に元従業員の競業行為を制限する「競業避止義務(Non-Compete Clause)」は、原則として無効とされています。これは全米でも非常にユニークな法制度であり、多くの州で一定の制限付きで有効とされる中、カリフォルニア州だけが原則無効の立場を明確に取っています。

カリフォルニア州のBusiness and Professions Code(商業職業法典)16600条は、次のように規定しています:

“Except as provided in this chapter, every contract by which anyone is restrained from engaging in a lawful profession, trade, or business of any kind is to that extent void.”

この条文により、「合法的な職業活動を制限する契約は無効」とされ、ほとんどの競業避止義務条項はこの規定に抵触すると解釈されています。

Edwards v. Arthur Andersen LLP, 44 Cal.4th 937 (2008)

この判例は、カリフォルニア州最高裁が明確に競業避止義務を包括的に無効と判断した重要なケースです。Arthur Andersen社を退職した従業員Edwardsに対し、同業他社での勤務を禁じる条項が契約に含まれていました。しかし裁判所は、これが16600条に違反しているとして、契約条項を無効と判断しました。

またこの判決では、「narrow-restraint exception(限定的制限は有効とする例外理論)」を否定し、条文通りの解釈(plain meaning approach)をとるべきだと判示しています。

AMN Healthcare, Inc. v. Aya Healthcare Services, Inc., 28 Cal.App.5th 923 (2018)

このケースでは、人材紹介会社で勤務していた従業員が競合他社に転職したことが争点となりました。AMN社は元従業員に対して「1年間、競合他社で同種の仕事を行ってはならない」とする契約条項を根拠に提訴しましたが、裁判所はこの条項が16600条に違反するとして無効と判示しました。

特筆すべきは、このケースでは非勧誘条項(non-solicitation clause)についても、事実上の競業避止義務として16600条に違反するとされた点です。これは従来より広い解釈を示すものであり、実務にも大きな影響を与えました。

カリフォルニア州でも、以下のような限られた例外では競業避止義務が有効と認められています:

  • 事業の譲渡に伴う場合(BPC §16601)
    企業または株式を譲渡する際に、譲渡者が譲渡後一定期間、同種の事業に従事しないという合意は有効です。
  • パートナーシップの解消(BPC §16602)
    パートナーシップやLLCの解散に伴う競業制限も合理的範囲内で認められます。

雇用主が競業避止義務を従業員に課した場合、無効となるリスクが高いだけでなく、不公正な事業慣行(unfair business practice)として、労働者側から損害賠償請求を受けるリスクもあります(例:BPC §17200違反)。

また、2023年には州法が改正され、企業が従業員に対して無効な競業避止義務を提示したり、署名させたりすること自体が違法行為とされるようになりました(2023年施行のAB 1076)。この改正により、無効な競業避止義務を含む契約を締結する企業には民事罰が課される可能性があります。

競業避止義務が原則無効なカリフォルニア州において、雇用主が取るべき対応策として、以下のような契約条項が挙げられます:

  • 秘密保持契約(NDA):企業秘密や顧客情報の漏洩を防ぐ。
  • 知的財産の帰属条項:職務発明などを企業に帰属させる明確な合意。
  • 顧客引き抜き防止条項(narrow non-solicitation):内容によっては有効だが、AMN判例以降は慎重な運用が求められる。

カリフォルニア州において、退職後の従業員に対する競業避止義務は、原則として契約であっても無効です。近年の判例や法改正もこれを支持しており、企業側は契約内容を慎重に設計し直す必要があります。

有効な法的手段を講じることで、企業秘密や人材流出のリスクを軽減することは可能です。不適切な競業避止義務に頼るのではなく、合法的な保護策を講じることが、企業の持続的な競争力につながります。


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の事案についての法的助言を提供するものではありません。具体的な状況については、カリフォルニア州弁護士にご相談ください。

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田中良和

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