田中良和国際法律事務所

カリフォルニア州高齢者施設とジェンダー尊重:呼称使用義務を巡る州最高裁の判断と実務的影響

カリフォルニア州では、トランスジェンダーやノンバイナリーの高齢者に対する差別防止を目的として、高齢者介護施設において正確な性別代名詞や敬称(例:he/she、Mr./Ms.など)の使用を義務付ける法律が制定されました。

この法律の一部を巡って、「表現の自由(First Amendment)を侵害するのではないか」として訴訟が提起され、カリフォルニア州最高裁が2025年前半に重要な判断を示しました。判例の背景、争点、州最高裁での議論、実務への影響を詳しく解説します。

2017年に成立したSenate Bill 219(LGBT Long-Term Care Facility Residents’ Bill of Rights)は、高齢者施設におけるLGBTQ+高齢者の差別を禁止し、以下のような義務を定めました:

“It shall be unlawful for a long-term care facility or its staff to willfully and repeatedly fail to use a resident’s preferred name or pronouns.”
— California Health & Safety Code § 1439.51(a)(5)

「介護施設またはその職員が、入居者の希望する名前または代名詞を故意に繰り返し使用しないことは違法となる。」
— カリフォルニア州保健安全法 § 1439.51(a)(5)

すなわち、入所者が希望する代名詞・呼称を故意に、かつ反復的に使用しないことは違法とされ、施設や職員には刑事罰(軽罪)が科される可能性があります。

保守系の非営利団体「Taking Offense」は、この条文が米国憲法修正第1条(表現の自由)に違反するとしてカリフォルニア州の裁判所に提訴しました。彼らは「特定の信念や思想を強制されることは言論の自由の侵害であり、意図に反して代名詞使用を強要されるのは違憲である」と主張しました。

控訴裁判所は一部でこの主張を認め、該当条文を違憲と判断。しかし州はこれを不服として上告し、2025年にカリフォルニア州最高裁で審理されました。

州最高裁では、代名詞の使用が思想・信条の表明に当たるかどうか、そして施設職員の言論に対する制限が公共目的として正当化され得るかが中心的な争点となりました。

判事の一人、Leondra Kruger裁判官は以下のように述べ、代名詞使用義務を思想強制ではなく、職務上の倫理的行動と位置づけました:

“We’re not talking about compelling people to affirm a belief. We’re talking about workplace conduct involving vulnerable populations.”
— Justice Leondra Kruger, oral argument (March 2025)

「私たちは、人々に信念を肯定するよう強制することについて話しているのではありません。私たちは、脆弱な立場にある人々に関わる職場での行動について話しているのです。」
— レオンドラ・クルーガー判事、口頭弁論(2025年3月)

さらに他の判事も次のように指摘しました:

“Repeatedly using the wrong pronoun in defiance of a resident’s identity may not just be a matter of speech — it may constitute harassment.”

「居住者のアイデンティティを無視して、間違った代名詞を繰り返し使用することは、単なる言葉の問題ではなく、嫌がらせに当たる可能性があります。」

これらの発言からは、施設という専門的空間での差別的表現を、単なる言論としてではなく「ハラスメント」として扱うべきという司法の立場が浮き彫りになりました。

最終判決文はまだ公開されていませんが、口頭弁論での意見から見て、代名詞使用義務そのものの合憲性は維持される可能性が高く刑事罰部分の範囲や適用条件に関して限定的に解釈される方向性が示唆されています。

この判例は以下の点で、介護施設や医療関係者に実務的な影響を及ぼします:

  • 入居者対応マニュアルの改訂:希望代名詞の確認・記録プロセスの整備
  • 職員教育の強化:LGBTQ+への配慮、誤った呼称使用が法的問題になる旨を共有
  • 苦情対応体制:誤用や差別的発言があった場合の対応手順の明確化
  • 宗教・文化との調整:宗教的理由により使用を拒む職員との対応方針の明示

カリフォルニア州はLGBTQ+権利保障において全米の先端を行く州であり、本件は全国の州法や連邦裁判所の判断にも影響を及ぼす可能性があります。とくに今後、連邦最高裁で「宗教的信念と職務上の義務の衝突」が争点となる場合には、本判例が参考とされる可能性があります。

本件は、「表現の自由」と「人権尊重」のバランスを巡る、現代的かつ実務的な論点を内包しています。今後も、特定の言語使用義務がどこまで法的強制力を持ち得るかについての議論が続く可能性が高く、事業者・法務担当者にとっては、継続的な法改正と判例チェックが必要です。


本記事は情報提供を目的としており、特定の法的助言を構成するものではありません。実際の運用や対応については、専門の弁護士にご相談ください。

執筆者:カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士 
田中良和

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