契約を履行するにあたって、相手方がきちんと契約を履行してくれるか不安になることは、ビジネスの現場でもしばしば起こります。こうした場合、「不安の抗弁(insecurity defense)」という法理が問題になります。この記事では、カリフォルニア州法と日本法における「不安の抗弁」の取扱いを比較し、実務上のポイントを解説します。
1. カリフォルニア法における「不安の抗弁」
カリフォルニア州では、UCC(Uniform Commercial Code:統一商事法典)第2編 §2-609が適用されます。売買契約において、一方当事者が相手方の履行に「合理的な不安(reasonable grounds for insecurity)」を抱いた場合、以下の対応が認められます。
- 書面により合理的な「履行の保証(adequate assurance of performance)」を求めることができる。
- 相手方が合理的な期間(通常30日以内)内に保証を提供しない場合、契約の履行を拒むことができる。
この制度は、商取引の安定と当事者のリスク管理のために重要な役割を果たしています。なお、合理的な不安の根拠としては、財務状況の悪化、支払いの遅延、過去の契約不履行などが挙げられます。
2. 日本法における「不安の抗弁」
日本法には「不安の抗弁」に関する明文化された規定はありませんが、民法第533条(同時履行の抗弁権)や判例によって、相手方の履行に著しい不安がある場合に、自己の履行を拒絶し、同時履行を求めることが認められています。
ただし、判例(最判昭和36年10月20日)に基づくと、日本法においては、「担保の提供を求めること」や「前払いを要求すること」は不安の抗弁に基づいては認められません。あくまで、相手方の履行と同時でなければ自己の履行をしないという「同時履行の抗弁権」の枠内にとどまります。
つまり、買主の経済的信用不安などがある場合でも、売主は買主に担保提供や先払いを求めることはできず、契約上の履行期が到来していても、先に履行する義務を拒否し、同時履行を主張することしかできません。
3. カリフォルニア法と日本法の主な違い
比較項目 | カリフォルニア法(UCC) | 日本法 |
---|---|---|
根拠法令 | UCC §2-609 | 民法533条(判例) |
履行保証の要求 | 書面で要求可能、応じなければ履行拒絶可 | 明文化されておらず、保証の要求は認められない |
担保提供・前払いの要求 | 可能 | 認められない |
可能な対応 | 履行保証の要求、拒絶、契約解除 | 先履行の拒絶、同時履行の主張のみ |
4. 実務上のポイント
- カリフォルニア州の契約では、UCCに基づいた「adequate assurance」条項を明記しておくとよいでしょう。
- 日本法で取引する場合、不安があるからといって担保や前払いを一方的に要求することはできません。
- 日本法における不安の抗弁は「先履行の拒絶と同時履行の主張」に限られる点に注意が必要です。
5. まとめ
カリフォルニア法では、UCCに基づいて履行不安がある場合に積極的な手段(担保の要求や履行拒絶)を取ることができますが、日本法ではより慎重で限定的な対応しかできません。特に、日本法では担保や前払いの要求は許されず、先に履行を求められた場合に履行を拒み、同時履行を求めるにとどまります。国際契約ではこれらの法制度の違いを契約書に反映することが重要です。
※本記事は一般的な法的情報の提供を目的としており、特定の事案についての法的助言ではありません。具体的なご相談は、カリフォルニア州弁護士や日本の弁護士などの専門家にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和