最近、ある企業経営者の方からこのような問い合わせがありました。
「今年に入ってからフリーランスの方に単発の仕事を依頼しようとしたところ、『新しい法律ができたので契約書を交わしてほしい』と言われました。これまでメールのやり取りだけで済ませていたのですが、必ず契約書が必要なのでしょうか?」
このご質問の背景にあるのは、2025年1月1日よりカリフォルニア州で施行された**「Freelance Worker Protection Act (SB 988)」**です。
これは、立場の弱いフリーランス(個人請負業者)を保護し、報酬の未払いや支払い遅延を防ぐために制定された新しい法律です。発注側である企業やスモールビジネスオーナーにとって、知らなかったでは済まされない重要な変更点が含まれています。
今回は、このSB 988の施行に伴い、ビジネスオーナーが最低限押さえておくべきポイントを解説します。
1. 契約書が「義務」になるライン
これまでは少額の取引であれば、口頭や簡単なメールの合意で進めるケースも少なくありませんでした。しかし、SB 988の施行により、以下の条件に当てはまる場合は書面による契約書の締結が必須となります。
- 対象: 250ドル以上の業務委託
- 計算方法: 単発で250ドル以上、または過去120日間の合計依頼額が250ドル以上になる場合
つまり、比較的小規模な案件であっても、今後はきちんとした契約書(またはそれに準ずる書面)を残す必要があります。
2. 契約書に盛り込むべき「必須項目」
法的に有効な書面とするためには、以下の項目を明記する必要があります。既存の契約テンプレートを使用している場合は、これらが網羅されているかご確認ください。
- 当事者の情報:双方の氏名および郵送先の住所
- 業務内容:提供されるサービスの具体的な明細
- 報酬額:サービスの対価、報酬率、または報酬の算出方法
- 支払期日:報酬が支払われる日付、または期日の決定方法
3. 支払期日の厳格化(30日ルール)
特に注意が必要なのが「支払い」に関するルールです。
契約書に支払期日が明記されている場合は、その期日を守る必要があります。もし契約書に具体的な期日の記載がない場合、発注者は**「業務完了から30日以内」**に報酬を支払わなければなりません。
また、以前に見られたような「支払いを早める代わりに報酬を減額する」といった交渉をフリーランス側に強要することも、本法により禁止されています。
4. 違反した場合のペナルティ
「たかが契約書」と軽視するのは危険です。この法律に違反した場合、フリーランス側は損害賠償を求めて訴訟を起こすことが可能です。
もし違反が認められた場合、未払い報酬の支払いはもちろんですが、以下のような負担が生じるリスクがあります。
- 法定損害賠償(Liquidated Damages):本来の損害額に加え、同額の賠償金(ダブルダメージ)が課される可能性があります。
- 弁護士費用・裁判費用:勝訴したフリーランス側の弁護士費用等を負担しなければなりません。
わずか数万円の仕事の依頼であっても、手続きを怠ることで、その何倍ものコストがかかるリスクがあるということです。
まとめ
SB 988は、フリーランスを守る法律ですが、見方を変えれば「ルールさえ守れば、発注側も不要なトラブルや訴訟リスクを回避できる」法律でもあります。
普段からフリーランスや外部ベンダーを利用されている方は、これを機に発注フローと契約書の雛形を見直すことをお勧めします。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。個別の案件については専門家にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和
