はじめに
近年、アメリカ合衆国における学生ビザ(F-1およびJ-1ビザ)の取消し事例が顕著に増加しており、これに伴い法廷で争われる訴訟も増加傾向にあります。代表的な訴訟事例を詳細に分析し、法的観点から学生ビザ取消しの問題を考察します。
主要判例の詳細分析
1. Zhang v. USCIS(2022年・第9巡回区控訴裁判所)
事例概要
中国人留学生のZhang氏は、カリフォルニア州の大学でコンピュータサイエンスを専攻していましたが、必要単位を取得できなかったことを理由に、事前通知なしにビザを取り消されました。Zhang氏は、適正手続きの侵害を主張して訴訟を提起しました。
裁判所の判断
裁判所は、USCISが「実質的証拠」なしに判断したこと、また、学生に適切な弁明の機会を与えなかったことを問題視し、Zhang氏に有利な判断を下しました。判決では、「行政機関は、学生のステータスに影響を与える決定を行う前に、最低限の適正手続きを遵守する義務がある」とされました。
法的意義
本判例は、学生ビザ保持者に対する手続的保護の基準を示し、以降の判例において頻繁に引用されています。
2. Patel et al. v. Department of Homeland Security(2023年・コロンビア特別区連邦地方裁判所)
事例概要
インド出身の15人の留学生が、「University of Northern New Jersey」に在籍していたものの、当該大学がDHSによる「おとり捜査」のために設立された偽の教育機関であると判明。DHSは彼らのビザを即時取り消し、国外退去手続を開始しました。
裁判所の判断
裁判所は、「学生たちは政府の捜査の無実の被害者であり、正規の教育機関であると信じる合理的な理由があった」と認定。DHSに対し、ビザステータスの回復と転校の許可を命じました。
法的意義
本判例は、政府の捜査手法に制限を課し、善意の学生の保護を強化する先例となりました。
3. Rodriguez v. ICE(2024年・第2巡回区控訴裁判所)
事例概要
メキシコ人留学生Rodriguez氏は、大学のCPT(カリキュラー・プラクティカル・トレーニング)制度の下で合法的に就労していたが、ICEが就労時間の超過を理由にビザを取消しました。Rodriguez氏は大学のDSOによる正式な許可があったと主張し訴訟を提起。
裁判所の判断
裁判所は、「DSOの指示に基づき善意で行動した学生の信頼は保護されるべき」と判断。Rodriguez氏のステータス回復を命じました。
法的意義
「善意の信頼」原則を明示し、教育機関の承認に基づく行動が法的に保護されうることを確認しました。
4. Li v. Department of State(2023年・マサチューセッツ連邦地方裁判所)
事例概要
MITのPh.D.課程に在籍していた中国人研究者Li氏は、「国家安全保障上の懸念」を理由に、具体的な説明なしにビザを取り消されました。Li氏は憲法修正第5条に基づき訴訟を提起。
裁判所の判断
政府の裁量を尊重しつつも、「最低限の理由説明は不可欠」として、ビザ取消の手続に不備があったと判断。
法的意義
国家安全保障を理由とする判断にも、一定の透明性と説明責任が求められる先例を確立しました。
5. Ahmed v. USCIS(2022年・イリノイ北部地区連邦地方裁判所)
事例概要
パキスタン人留学生Ahmed氏は、COVID-19パンデミックによりオンライン授業に切り替えたことが理由で「物理的出席義務を果たしていない」としてビザを取り消されました。
裁判所の判断
裁判所は、「緊急対応の指針に従った学生に対する処分は不合理」として、USCISの決定を覆しました。
法的意義
パンデミック等の非常時における移民規則の柔軟な適用と、個人の行動の正当性を評価する重要な判例です。
学生ビザ取消し訴訟における法的アプローチ
1. 行政手続法(APA)に基づく主張
多くのビザ取消し訴訟は、Administrative Procedure Act(APA)に基づき提起されます。下記のような場合、行政機関の判断は違法とされる可能性があります:
- 恣意的・気まぐれな判断
- 憲法上の権利侵害
- 法定の権限逸脱
- 適正手続きの欠如
- 実質的証拠の欠如
Zhang v. USCISやAhmed v. USCISは、APA違反に基づく勝訴例です。
2. 憲法修正第5条に基づく主張(適正手続き)
非市民であっても、米国内に滞在中は適正手続きの権利があります。違反の典型的な要素は:
- 通知の欠如
- 聴聞の機会の欠如
- 異議申立ての機会の欠如
Li v. Department of StateやPatel v. DHSが該当します。
3. 禁反言の原則(Equitable Estoppel)
政府の承認や指導に基づいて行動した学生に対して、その行動を理由に不利益を課すことは不公正とされます。Rodriguez v. ICEがその例です。
4. マンデーマス令状
他の法的救済が尽きた場合、連邦裁判所にマンデーマス(Mandamus)令状を請求し、行政機関に具体的行為を命じる手段があります。
実務的アドバイスと予防策
1. 文書管理の徹底
- 書面でのコミュニケーション保管
- 成績や就労記録の定期的整理
2. SEVISステータスの定期確認
- DSOに毎学期確認を依頼
- SEVISの記録と実態の一致を維持
3. 問題発生時の即時対応
- 問題発生時は速やかにDSOまたは弁護士に相談
- 変更や不在予定を事前に報告
結論:今後の展望と法的傾向
近年の判例は、以下の傾向を示しています:
- 行政機関に対する手続的義務の強化
- 善意で行動した学生の保護
- 移民行政の透明性と説明責任
- 非常時(パンデミック等)への柔軟な対応の重要性
免責事項: 本記事は情報提供を目的とし、個別の法的助言を提供するものではありません。具体的な案件については、移民法に精通した弁護士への相談を推奨します。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア弁護士・日本弁護士
田中良和