2023年末、日本製鉄(旧・新日鉄)は米国のUSスチールを買収する合意を発表しました。2025年6月に買収は完了しましたが、その過程で注目を集めたのが、米国政府が持つ特別な「黄金株(Golden Share)」です。
黄金株(Golden Share)とは?
黄金株とは、通常の株式と異なり、政府など特定の株主に**拒否権(veto権限)**を与える特別株式を指します。
通常の経済的利益(配当や株価の値上がり)ではなく、会社の重要な意思決定について「待った」をかけられる権限を持ちます。
ヨーロッパ諸国では国有企業の民営化時に導入された例がありましたが、米国で黄金株が使われるのは極めて異例です。
米国政府に付与された黄金株の権限
日本製鉄によるUSスチール買収に際し、米国政府は国家安全保障上の理由から黄金株を取得しました。
政府の同意が必要とされる具体的事項は以下の通りです。
- 本社所在地の移転(Pittsburghから他都市への移転)
- 会社名の変更
- 工場の稼働停止や閉鎖
- 他社との合併・統合
- 大規模な資本支出の削減や見直し
これらは**「非経済的権利(non-economic rights)」**と呼ばれ、政府が配当を受け取るわけではなく、あくまで安全保障上の重要事項に関して拒否権を行使できる仕組みです。
法的・政策的論点
1. 株主平等原則との緊張
通常、株主は平等に扱われますが、黄金株は政府に特別な拒否権を与えるため、統治の均衡を崩す可能性があります。
2. CFIUSと国家安全保障
米国の外国投資審査委員会(CFIUS)が国家安全保障上の懸念を和らげるために黄金株を条件とした点が注目されます。
3. 拒否権行使の範囲
安全保障に関する「重大事項」に限るとされていますが、その解釈が将来どのように拡張されるかは不透明です。
4. 政治リスク
政権交代や政策変更によって黄金株の行使範囲が広がる可能性があります。契約の安定性や予見可能性が課題となります。
5. 外国投資への影響
この事例は、今後の外国投資家に対して「米国政府の介入可能性」という新たなリスクを印象付けることになりました。
実際の行使例
報道によれば、米政府は実際に黄金株を使い、USスチールの工場停止計画を阻止したとされています。
これは黄金株が単なる象徴ではなく、経営に実際の制約を与える実効性を持つことを示しています。
日本企業への示唆
- 経営の自由度制限:本社移転や工場閉鎖などに米国政府の同意が必要となる
- 契約設計の重要性:拒否権の範囲や行使手続を明確化することが不可欠
- 国際投資リスクの顕在化:他の外国投資家にとってもリスクプレミアムが意識される
日本企業が米国でM&Aを行う場合、今後はこの黄金株方式が先例となり得るため、契約交渉時に十分な注意が必要です。
まとめ
日本製鉄によるUSスチール買収と米国政府の黄金株導入は、米国における前例のない企業統治モデルを生み出しました。
これは国家安全保障と企業経営の自由の交差点に立つ事例であり、今後の日米投資実務に大きな影響を与える可能性があります。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の事案についての法的助言を行うものではありません。具体的な案件については、必ず専門の弁護士にご相談ください。
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田中良和