シリコンバレーを擁するカリフォルニア州は、AI開発の中心地であると同時に、AI規制の震源地でもあります。
ニューサム知事は2024年9月、AIに関連する複数の法案に署名しました。その中でも、テック企業やクリエイターの実務に最も広範な影響を与えるのが、生成AIの透明性を確保するための法律、通称「California AI Transparency Act (SB 942)」です。
今回は、このSB 942を中心に、生成AIコンテンツに対する「透かし(Watermark)」や開示義務が、いつから、どのように適用されるのかについて解説します。
1. SB 942の核心:AI生成物への「透かし」義務
SB 942は、一定規模以上の生成AIシステムを提供する企業(Covered Providers)に対し、そのシステムが生成した画像、動画、音声などのコンテンツに、**「AIによって生成されたものである」ことを示す識別子(Provenance Data)**を埋め込むことを義務付けるものです。
ここで言う「透かし」には、大きく分けて二つの要素が求められます。
- 目に見える開示(Manifest Disclosure): ユーザーがコンテンツを見た際に、それがAI製であると認識できる表示。
- 隠れた開示(Latent Disclosure): ファイルのメタデータ等に埋め込まれ、人間には見えないが、機械的に読み取り可能な永続的なデータ。
これにより、「この画像は本物か、AIか」を判別できるツールの提供も義務化されます。
2. 対象となる企業と施行時期
この法律の主たる規制対象は、生成AIシステムの開発・提供を行う大規模プロバイダー(月間平均100万人以上のユニークビジターを持つシステム等)です。
- 施行時期: 法律自体は成立していますが、システムへの開示機能の実装や、検出ツールの無料提供といった主要な義務は、2026年1月1日から適用されます。
したがって、主要なAIモデル(ChatGPT, Midjourney, Adobe Firefly等)は、この期日までに、生成物に強制的に透かしが入る仕様へアップデートされることになります。
3. クリエイターと利用企業への影響
「開発者ではないから関係ない」とは言えません。APIを利用して自社サービスにAIを組み込んでいる企業や、AIを使ってコンテンツを制作するクリエイターにも間接的な影響が及びます。
- コンテンツの「来歴」が永続する: 作成したコンテンツには、どのAIモデルで作られたかという情報が刻まれます。これを意図的に削除したり改ざんしたりする行為は、今後法的リスクを伴う可能性があります。
- プラットフォーム側の対応: InstagramやYouTubeなどの主要プラットフォームは、すでにC2PA(コンテンツ来歴と信頼性のための標準化団体)などの技術標準に対応し始めており、SB 942準拠のメタデータを自動的に検出し、「AI生成」ラベルを表示する仕組みが標準化します。
4. ディープフェイク対策法の現状(選挙・ポルノ)
SB 942は一般的な透明性を確保するものですが、特定の悪用を防ぐための法案も同時に成立しています。
- 選挙関連(AB 2355 / AB 2655): 選挙広告にAIを使用した場合の開示義務や、選挙期間中の悪質なディープフェイクコンテンツを大規模プラットフォームが削除・ブロックする義務。
- 性的コンテンツ(SB 926 / SB 981): 同意のない性的ディープフェイク画像の作成・拡散に対する厳罰化と、プラットフォームへの削除報告プロセスの義務化。
これらは、表現の自由とのバランスを考慮しつつも、明確に「欺く意図」や「権利侵害」があるケースを規制するものです。
まとめ
カリフォルニア州のAI規制は、欧州のAI法(EU AI Act)とは異なり、技術そのものの禁止ではなく、「透明性の確保」と「悪用の防止」に重点を置いています。
テック企業やクリエイターにとっては、2026年に向けて、自社が扱うコンテンツの「真正性(Authenticity)」をどう担保するか、また、AI生成であることを隠さずにどう価値を提示するかという、コンプライアンスとブランディングの両面での戦略が求められます。
※本記事は一般的な情報の提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。個別の案件については専門家にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和
