ご相談(今回のケース)
アメリカ人の夫と、日本人の妻が結婚していて、子どもがいます。夫と妻はアメリカで別居していて、離婚の裁判が進んでいます。子どもは妻とアメリカで同居しています。妻は家賃や生活費が高く、他に頼る親戚もいないので、早く日本に帰国したいと考えています。妻と子は、夫の同意を得ないで、日本に帰っていいでしょうか?
結論から言うと、この類型は**「同意なしの帰国」は極めてリスクが高い**です。理由は大きく2つあります。
- カリフォルニアの離婚手続では、離婚が始まった時点で“子どもを州外に連れ出すこと”が自動的に禁止されていることが多い
- 日本へ移動すると、ハーグ条約の“子の返還(Return)”手続の対象になり得る
以下、ポイントを整理します。
1. 離婚係属中は「子どもをカリフォルニア州外へ連れ出す」ことが原則NGになりやすい
カリフォルニアの離婚(Dissolution)では、申立て・送達がされると、サモンズ(Summons)に付随する**Standard Family Law Restraining Orders(いわゆるATRO)**が働きます。そこでは、原則として当事者双方に対し、相手の書面同意または裁判所命令なしに、
- 未成年の子を州外へ連れ出すこと
- 子のパスポート申請・再発行など旅券関連行為
が制限される形になっているのが通常です。
つまり、今回のように離婚裁判が進行中という前提では、同意なしに日本へ出国すると、**家裁命令違反(制裁・不利益評価の対象)**になり得ます。
まず最初に確認すべきは、当事者が受け取っている FL-110(Summons)や、現在のTemporary Orders(仮命令)に「州外移動禁止」や旅券関連の制限が入っていないかです。
2. 同意なしの帰国は「ハーグ条約」で“返還請求”を受ける典型パターン
日本と米国はいずれもハーグ国際子奪取条約の締約国で、日本では2014年4月1日に発効しています。
ハーグ条約の手続は、親権の優劣を決める場ではなく、原則として「子の常居所(habitual residence)へ迅速に戻す」ための制度です。
争点になりやすいのはこの2点
- 子どもの**常居所(habitual residence)が米国(カリフォルニア)**と評価されるか
- 父に**監護権(rights of custody)**があり、その権利を侵害して日本に移動・留置した(wrongful removal/retention)と言えるか
「常居所」は形式で決まらず、米国最高裁も**個別事情の総合評価(totality of the circumstances)**で判断するとしています。
3. “1年ルール”とスピード:早期申立てほど返還が原則になりやすい
条約12条では、原則として不法な連れ去り/留置から1年未満で手続が開始されると返還が命じられる建付けです(一定の例外はあり)。
つまり「日本に着いて落ち着いてから考えよう」は危険で、相手(父)が動けば、日本で返還手続に巻き込まれる可能性が現実的にあります。
4. 「生活費が高い」「頼る親戚がいない」は理解できるが、“無断帰国の正当化”には直結しないことが多い
今回の動機(高い家賃・生活費、支援者不在)は、家庭裁判所の判断や交渉では重要な事情になり得ます。
ただし、**「だから同意なしで国外へ移動してよい」**とは通常なりません。
カリフォルニアでは、子の居住地を大きく変える移転(move-away / relocation)は、原則として**裁判所命令(または相手の書面同意+裁判所での手当)**を取って進めるべき領域です。
関連条文として、親が子の居住地を変える権利は認めつつも、裁判所が福祉や相手方の権利侵害を防ぐために制限できる旨が定められています。
5. では、どう動くのが現実的か(一般論)
(1) 最優先:現在の命令・制限を確認
- FL-110(Summons)の restraining orders(州外移動禁止)
- Temporary Orders(仮の監護/面会/旅行制限)
- DVRO等がある場合の旅行条項(ケースによる)
(2) “同意を取る”か、“裁判所許可を取りに行く”
現実的には次のどちらかです。
- **父と合意(書面化)**して、裁判所で承認を得る
- 合意できないなら、**移転許可(move-away)**を裁判所に求める
(3) 同時並行で「生活が立ち行かない」点は、支援(サポート)で解決を狙う
今回の核心は「生活費が高く、支援者がいない」ことなので、まずは
- 一時的配偶者扶養(temporary spousal support)
- 養育費(child support)
- 弁護士費用の分担(fee contribution)
などで、“帰国しか選択肢がない”状況を緩和できるかを検討します(事案により可否は異なります)。
(4) もしDV・虐待等があるなら、別の枠組み(安全確保)も検討
DV等が絡む場合は、ハーグ条約でも「重大な危険(grave risk)」が争点になり得ます。
また、カリフォルニアでは、子の国外連れ去りリスクに対応する命令(旅券の提出、申請禁止等)を想定した規定もあります。
まとめ:今回の類型で「同意なし帰国」はおすすめできない
- 離婚係属中は、サモンズ(FL-110)/Family Code §2040 による自動的制限で、州外移動が禁止になり得ます。
- 日本へ行くと、ハーグ条約で返還請求の対象になり得ます。
- したがって、通常は 「同意を取る」か「裁判所の許可を取る」、そして生活困難は サポート申立てで先に立て直す、という順番が安全です。
免責事項
本記事は一般的情報提供であり、個別案件への法律助言ではありません。命令の有無、監護状況、DV等の事情により結論は大きく変わります。具体的な方針は、資料(FL-110、仮命令等)を確認の上で弁護士にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和
