田中良和国際法律事務所

日本の弁護士がニューヨーク州の司法試験を受ける理由?日本の弁護士の名刺に「ニューヨーク州弁護士」と書いていたら、ニューヨーク州の実務をよく分かっているの?

アメリカの街

日本の弁護士が、アメリカに一年間留学して、ニューヨーク州の司法試験を受けて、ニューヨーク州で弁護士登録している方がいます。日本の弁護士が、名刺やホームページに「ニューヨーク州弁護士」と記載しているのを見た方もいると思います。では、日本の弁護士がニューヨーク州の弁護士資格を取得するのはなぜでしょうか?ニューヨーク州の司法試験に合格した後、実際にニューヨーク州で働いているのでしょうか?

多くの場合、日本の弁護士がニューヨーク州の弁護士資格を取得するのは、ニューヨークの法律事務所で働くためではなく、ニューヨークの裁判所で法廷に立つためでもなく、日本のクライアントに対してニューヨーク州の弁護士資格を持っていること(ニューヨークの司法試験に合格したこと)をアピールするためです。

日本の大きな事務所に勤務している日本の弁護士は、何年か勤務していると、事務所から海外の大学に一年間留学させてもらい、その国の弁護士資格を取得させてもらえることがあります。特に、日本の四大事務所と言われる法律事務所の弁護士は、4~5年ぐらい勤務すると、海外の大学に留学させてもらえます。昔は、大きな事務所では、遅かれ早かれほぼ全員が留学できたのですが、最近は、弁護士の採用人数が増えたことと、事務所の金銭的な余裕の問題から、選ばれた優秀な弁護士だけが海外留学をさせてもらえる、という流れになってきています。ただ、事務所がどこまで金銭的な補助をしてくれるかは事務所によって変わってきます。最近では、事務所が大学の学費を出してくれるが、その他の生活費、家賃は留学する弁護士本人が負担して、留学中は給料は出ない、というケースが多いようです。

日本の弁護士の留学先として圧倒的に一番人気なのは、アメリカの大学です。アメリカは一年間留学するのに住環境がいいですし、一年間LL.M.に行くと、ニューヨーク州の司法試験を受験することができます。一年間留学すれば、ニューヨーク州弁護士の資格が取れる(可能性がある)ので、皆さんアメリカの大学に留学するのです。

ただ、アメリカの家賃は高騰していて、生活費も高いので、事務所が大学の学費を出してくれたとしても、アメリカに留学するためには、自分で相当のお金を貯めておかないといけないです。アメリカの大学に留学するには授業料だけでも相当高額で、例えばニューヨーク大学のLL.M.(海外の法学部卒業生向け一年間のロースクール)に一年間行くと、2024年の授業料だけで79,954ドル(約1,200万円)必要です。LL.M.の収入は、アメリカの大学の大きな収入源のひとつになっています。ニューヨーク州の司法試験を受けたかったら、大金を支払ってLL.M.に留学しなさい、という仕組みです。

アメリカは、州ごとに別々の司法試験が実施されていて、弁護士資格も州ごとに異なっています。ニューヨーク州の弁護士はニューヨーク州の法律しか扱えないので、他の州で働きたい場合、他の州の司法試験を受け直さなければなりません。

日本では、ニューヨーク州の司法試験は簡単と言われることがありますが、アメリカ50州の司法試験の中では、どちらかというと難しい方の試験になります。特に、ニューヨーク州の司法試験に合格した方は、ニューヨーク州の司法試験は簡単だ、というコメントをされる方がいますが、日本人の場合英語で受験するというハンデがあるので、英語が得意でない方にとっては、それほど簡単な試験ではありません。ただ、日本の司法試験に比べると、アメリカの司法試験は難易度が低いというのは確かだと思います。

なぜ、50州ある中で、ニューヨーク州の司法試験が人気かというと、ニューヨークに進出している企業がそれなりにあるということと、名刺に書いたときに「ニューヨーク州弁護士」と書いた方が他の州よりかっこいいということ、(50州の中では難しい試験とはいえ)日本人弁護士にとっては比較的合格しやすい試験であること、が理由です。

日本の企業の進出先としては、カリフォルニア州が一番多いですが、カリフォルニア州の司法試験は全米で一番難しい試験と言われています。また、司法試験の内容も他の州と異なる点が多く、独自の問題を作成しています。

せっかくアメリカのLLMに留学したのですから、確実に司法試験に受かりたいですし、ネームバリューもある州の司法試験に合格したい、ということで、日本人には、ニューヨーク州の司法試験が人気です。多くの日本人にとって、ニューヨーク州とカリフォルニア州の司法試験の難易度の差は分からないので、より合格しやすいニューヨーク州の司法試験を受験する方が、合理的です。たまに、ニューヨーク州の司法試験に合格してから、カリフォルニア州の司法試験にも挑戦する方もいますが、ニューヨーク州の司法試験だけを受験する方が大半です。(実際、ニューヨーク州の司法試験に合格した後に、カリフォルニア州の司法試験を受験しても、なかなかカリフォルニアの試験には合格できないようです。)

では、日本の弁護士がニューヨーク州やカリフォルニア州の弁護士資格を取得するのはなぜでしょうか?

日本人が、ニューヨーク州やカリフォルニア州の司法試験に合格することはありますが、一度もニューヨーク州やカリフォルニア州の法律事務所で働いたことがない人がほとんどです。Optional Practical Training(OPT)といって、アメリカにLL.M.留学後1年間は弁護士事務所で研修ができる制度があり、OPTを利用する方も多いです。しかし、OPT期間中はニューヨーク州やカリフォルニア州の弁護士として勤務するというより、アメリカの弁護士事務所の雰囲気を見るために研修させてもらう、というケースが多いです。そのため、OPTで1年アメリカにいたとしても、アメリカで弁護士として勤務したとはいえません。そもそもニューヨーク州の司法試験の発表まで時間がかかるので、ニューヨーク州の弁護士資格を取得する前にOPTの期間がかなり経過してしまいます。人によっては、OPTの期間中、アメリカの法律事務所から一度も仕事を振られずにオフィスに座っているだけということもありますし、アメリカの法律事務所にほとんど出勤しないということもあります。

そのため、日本の弁護士が、ニューヨーク州やカリフォルニア州の司法試験に合格して、その州で弁護士登録したとしても、全くアメリカで実務を経験したことがない人が多いです。

本来、ニューヨーク州で弁護士として実務をしないならば、ニューヨーク州の弁護士資格を取得する必要はないのですが、日本の弁護士が高い留学費用を支払ってニューヨーク州の弁護士資格を取得するのは、名刺やEメールの署名欄に「ニューヨーク州弁護士」という肩書を書いて、クライアントにアピールするためです。クライアントが「ニューヨーク州弁護士」という肩書を見たときに、「ニューヨーク州の司法試験に合格するなんてすごい」と思ってもらえます。もちろん、ニューヨーク州法に詳しくなりたい、という自分のスキルアップも留学の目的の一つになっていると思います。ただ、もしニューヨーク州法に詳しくなりたいだけであれば、高い留学費用を払って留学しなくても日本で勉強できますし、毎年ニューヨーク州ン弁護士登録料を支払って弁護士登録しなくてもよいはずです。

最近では、高い学費と生活費を払って、アメリカのLL.M.に留学しても、コストに見合ったリターンが得られないという理由で、LL.M. の留学に行かないという選択をする日本の弁護士も出てきています。ニューヨーク大学のホームページでは、一年間LL.M. に行くと118,137ドル(約1,750万円)と記載されていますが、日本人の場合飛行機代、引っ越し代がかかりますし、家族を帯同すると家族の生活費も必要になるので、この額では一年間留学できません。「ニューヨーク州弁護士」という肩書がどれぐらいクライアントにアピールできるのか分かりませんし、それがどれぐらいその弁護士の信用度を高めるかも分かりません。留学コストがあまりに高いので、名刺に「ニューヨーク州弁護士」と書いた方がクライアントから信頼されそうという理由で留学するには、費用対効果が合わなくなってきています。

日本の企業の法務部にも弁護士の資格を持っている法務部員(インハウスローヤー)が多くなっていて、アメリカでLL.M. を卒業して、ニューヨーク州の司法試験に合格しても、ニューヨークで実務経験がないとあまり意味がないのではないかということを企業が理解してきています。単に名刺に「ニューヨーク州弁護士」「カリフォルニア州弁護士」と書いているだけではアピールするのが難しくなってきたのではないでしょうか。弁護士も、肩書ではなく、実力で評価される時代になっていると思います。

カリフォルニア拠点(サンフランシスコ・ベイエリア・ロサンゼルス)
カリフォルニア弁護士・日本弁護士
田中良和

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