カリフォルニア州では、従業員の退職後の転職や事業活動を制限する競業避止条項(Non-Compete Clause)は、原則として無効です。
カリフォルニア州は、全米の中でも競業避止条項に対して特に厳しい立場を取っている州です。近年の法改正により、単に競業避止条項が「裁判で執行できない」というだけでなく、無効な条項を雇用契約に入れること、従業員に署名を求めること、またはその条項を執行しようとすること自体が、違法となる可能性があります。
1.法的根拠:Business and Professions Code §16600
カリフォルニア州Business and Professions Code(商業職業法典)16600条は、法律上の例外に該当する場合を除き、合法的な職業、取引または事業への従事を制限する契約は、その制限する範囲において無効であると定めています。
2024年1月1日からは、同条に、雇用関係における競業避止条項を広く無効と解釈することが明記されました。競業制限の範囲が狭いことや、制限期間が短いことだけでは、原則として有効にはなりません。
したがって、例えば次のような条項は、原則として無効となります。
・退職後1年間、競合会社で働いてはならない
・退職後、同じ業界で事業を始めてはならない
・退職後一定期間、特定地域で同種の業務を行ってはならない
・競合会社に転職した場合、報酬や退職金を没収する
条項の名称ではなく、その実質が従業員の転職や職業活動を制限しているかどうかが重視されます。
2.主要な判例
Edwards v. Arthur Andersen LLP, 44 Cal.4th 937(2008年)
Edwards事件は、カリフォルニア州の競業避止条項に関する最も重要な判例の一つです。
Arthur Andersen社の雇用契約には、退職後一定期間、過去に担当した顧客に対してサービスを提供することや、顧客および従業員を勧誘することを制限する条項が含まれていました。
カリフォルニア州最高裁判所は、法定の例外に該当しない限り、16600条は従業員に対する競業制限を禁止すると判断しました。また、制限内容が限定的であれば有効とする、いわゆる「narrow-restraint exception」も採用しませんでした。
つまり、「対象となる顧客が限定されている」「期間が短い」「転職そのものを全面的に禁止していない」といった事情だけでは、条項を有効にすることはできません。
AMN Healthcare, Inc. v. Aya Healthcare Services, Inc., 28 Cal.App.5th 923(2018年)
この事件では、トラベルナースの採用を担当していたリクルーターが競合会社に転職し、元の勤務先の従業員を勧誘したことが問題となりました。
雇用契約には、退職後一定期間、元の勤務先の従業員を勧誘することを禁止する条項がありました。しかし、裁判所は、看護師の採用活動そのものが元従業員の職業であり、この条項が元従業員の職業活動を実質的に制限しているとして、16600条に反し無効と判断しました。
この判決は、従業員や顧客の引き抜きを禁止する非勧誘条項(Non-Solicitation Clause)であっても、実質的に元従業員の仕事を制限する場合には無効となり得ることを示しています。
もっとも、あらゆる非勧誘条項が自動的に無効になるという意味ではありません。対象となる情報が営業秘密に該当するか、元従業員の職業活動をどの程度制限するかなど、具体的な内容を検討する必要があります。
Brown v. TGS Management Co., LLC, 57 Cal.App.5th 303(2020年)
競業避止条項という名称を使用していなくても、秘密保持条項が広すぎる場合には、事実上の競業避止条項として無効になることがあります。
Brown事件では、「秘密情報」の範囲が極めて広く定義されており、元従業員が退職後に同じ業界で働くことを実質的に困難にしていました。裁判所は、このような秘密保持条項は事実上の競業避止条項として機能するため、16600条に反し無効であると判断しました。
したがって、秘密保持契約を作成する場合にも、従業員が業務を通じて身につけた一般的な知識、技能や経験まで使用禁止とすることは避ける必要があります。
3.2024年から強化された規制
AB 1076:無効な競業避止条項を契約に入れること自体が違法に
AB 1076により、2024年1月1日からBusiness and Professions Code 16600.1条が施行されました。
同条は、法定の例外に該当しない競業避止条項を雇用契約に含めること、または従業員に競業避止契約への署名を求めることを違法としています。
さらに、2022年1月1日以降に勤務していた現従業員および元従業員について、無効な競業避止条項を含む契約を締結していた雇用主は、2024年2月14日までに、その条項が無効であることを個別に書面で通知する義務を負っていました。
この通知は、従業員または元従業員の最後に把握している住所およびメールアドレスの両方に送ることとされています。違反は、Business and Professions Code 17200条以下のUnfair Competition Lawに基づく不公正な事業行為となります。
通知期限はすでに経過していますが、過去の雇用契約に競業避止条項が含まれている企業は、通知義務への対応状況を確認しておく必要があります。
SB 699:州外で締結された契約にも規制を拡大
SB 699により新設されたBusiness and Professions Code 16600.5条は、無効な競業避止契約は、契約が締結された場所や時期にかかわらず執行できないと規定しています。
また、雇用主または元雇用主は、契約が州外で締結され、雇用関係が州外で維持されていた場合であっても、カリフォルニア州法上無効な契約を執行しようとしてはならないとされています。
同条に違反した場合、従業員、元従業員または採用候補者は、差止め、実損害の賠償またはその両方を求めることができます。従業員側が勝訴した場合には、合理的な弁護士費用および訴訟費用も請求できます。
もっとも、州外の雇用関係にカリフォルニア州法をどこまで適用できるかについては、従業員の居住地、勤務場所、契約の準拠法、カリフォルニア州との関係などを個別に検討する必要があります。
4.2026年施行のAB 692:「退職したら返済」の条項にも注意
2026年1月1日から、AB 692によりBusiness and Professions Code 16608条が施行されました。
同条は、2026年1月1日以降に締結される契約について、従業員や一定のフリーランスを含む労働者が退職または勤務関係を終了した場合に、雇用主等に金銭を支払わせる、いわゆる「Stay-or-Pay」条項を原則として禁止しています。
規制の対象には、次のようなものが含まれ得ます。
・退職時の研修費用の返還
・採用または後任者確保にかかった費用
・移民・ビザ関連費用
・退職手数料や違約金
・雇用主の逸失利益または営業上の損失
・一定期間勤務しなかったことを理由とする金銭的ペナルティ
もっとも、政府のローン返済支援制度、一定の要件を満たす学位等の取得費用、州の承認を受けた見習い制度、条件を満たすサイニングボーナス等については例外があります。
例えば、サイニングボーナスの返還条項を設ける場合には、雇用契約とは別の契約にすること、弁護士に相談できる旨を通知して少なくとも5営業日の検討期間を設けること、返還額を勤務期間に応じて按分すること、拘束期間を2年以内とすることなど、複数の要件があります。
したがって、企業は従来型の競業避止条項だけでなく、研修費、採用費、ビザ費用、ボーナス等の返還条項についても見直す必要があります。
5.競業避止条項が認められる主な例外
カリフォルニア州でも、次のような限定された場面では、競業避止条項が認められることがあります。
事業または営業権の譲渡:BPC §16601
事業の営業権を売却する場合、事業所有者がその持分の全部を売却する場合、または会社の事業資産の全部もしくは実質的に全部を営業権とともに売却する場合には、売主が一定地域で同種の事業を行わないとする合意が認められることがあります。
これは、買主が取得した営業権や顧客関係の価値を保護するための例外です。
ただし、形式的に少額の株式や持分を譲渡しただけで、通常の雇用関係における競業避止条項を有効にできるとは限りません。実質的な事業または持分の売却であることが重要です。
パートナーシップからの離脱または解散:BPC §16602
パートナーシップの解散またはパートナーの離脱に伴い、一定地域で同種の事業を行わないとする合意が認められることがあります。
LLCからの離脱または解散:BPC §16602.5
LLCの解散またはメンバーの持分終了に伴う競業制限についても、法律上の要件を満たす場合には認められることがあります。
これらは通常の従業員に対する例外ではありません。役員、管理職または高額所得者であるという理由だけで、競業避止条項が有効になるわけでもありません。
6.州外の準拠法や裁判地を指定すればよいとは限らない
カリフォルニア州に居住し、主としてカリフォルニア州で働く従業員について、雇用主は原則として、州外での裁判や仲裁を義務付けたり、カリフォルニア州法による保護を奪う準拠法条項を雇用条件として要求したりすることができません。
Labor Code 925条に違反する条項は、従業員の選択により無効とされる可能性があります。
ただし、従業員が契約交渉の際に実際に独立した弁護士から個別に代理され、裁判地や準拠法について交渉した場合には例外があります。
したがって、契約書に「デラウェア州法を適用する」「ニューヨーク州でのみ訴訟を行う」と記載すれば、カリフォルニア州の競業避止規制を回避できるとは限りません。
7.違反した場合の企業側のリスク
無効な競業避止条項を使用した場合、企業には次のようなリスクがあります。
・競業避止条項が無効となり、執行できない
・条項の執行を禁止する差止命令を受ける
・従業員から実損害の賠償を請求される
・従業員側の弁護士費用および訴訟費用を負担する
・Unfair Competition Law違反として責任を追及される
・州または地方政府による民事制裁金の対象となる
Unfair Competition Lawに基づく政府機関の訴訟では、違反1件につき最大2,500ドルの民事制裁金が科される可能性があります。私人が同法に基づいて請求できる救済は、通常、差止めや原状回復が中心であり、一般的な損害賠償とは区別されます。
8.企業が利用できる合法的な保護手段
競業避止条項が使えないからといって、企業が自社の情報や顧客関係を保護できないわけではありません。
秘密保持契約を具体的に作成する
秘密保持契約では、営業秘密、未公開の価格情報、事業計画、顧客の非公開情報、ソースコードなど、実際に秘密として管理している情報を具体的に定義することが重要です。
一方で、従業員が仕事を通じて得た一般的な知識、技能、経験や、公開情報まで秘密情報として扱うことは避けるべきです。
営業秘密を適切に管理する
California Uniform Trade Secrets Actは、独立した経済的価値を有し、かつ、その秘密を保持するために合理的な措置が講じられている情報を営業秘密として保護しています。
契約書を作成するだけでなく、アクセス権限の制限、パスワード管理、秘密表示、データの持ち出し防止、退職時の端末・書類返却など、実際の管理体制を整える必要があります。
知的財産の帰属を明確にする
職務上作成された発明、著作物、ソフトウェアその他の知的財産について、誰に権利が帰属するかを契約で明確にしておくことも重要です。
ただし、従業員が勤務時間外に、会社の設備、情報または営業秘密を使用せずに開発した発明などについては、Labor Code 2870条による制限があります。
在職中の忠実義務を明確にする
カリフォルニア州法は退職後の競争を広く認めていますが、在職中の従業員が競合会社に顧客を移したり、会社の利益に反する行動を取ったりすることまで認めているわけではありません。
従業員は在職中、雇用主に対する忠実義務を負います。転職の準備をすることは一定範囲で認められますが、在職中に競合会社へ忠誠を移し、顧客、案件または機密情報を不正に移転する行為については、責任を追及できる可能性があります。
非勧誘条項を安易に使用しない
顧客や従業員の勧誘を禁止する条項についても、「範囲を狭くすれば有効」と単純に考えるべきではありません。
特に、元従業員の通常の営業活動や採用活動を制限する条項は、事実上の競業避止条項として無効になる可能性があります。
契約上の一般的な勧誘禁止ではなく、営業秘密の不正使用、在職中の忠実義務違反、不正なデータ持ち出しなど、具体的な違法行為を対象とする方が適切です。
9.雇用契約以外の事業者間契約は別の分析が必要
16600条は広い文言を使用していますが、すべての事業者間契約上の制限が当然に無効になるわけではありません。
カリフォルニア州最高裁判所は、Ixchel Pharma, LLC v. Biogen, Inc., 9 Cal.5th 1130(2020年)において、雇用終了後の競業避止条項とは異なり、事業者間の取引や商業活動に対する制限については、その制限が合理的かどうかを検討する「rule of reason」が適用されると判断しています。
したがって、販売店契約、ライセンス契約、共同事業契約、和解契約などについては、雇用契約と同じ基準で一律に判断することはできません。
10.まとめ
カリフォルニア州では、退職後の従業員に対する競業避止条項は、原則として無効です。
現在では、無効な競業避止条項を雇用契約に入れること、従業員に署名を求めること、または執行しようとすること自体が、企業の法的責任につながる可能性があります。
また、2026年からは、退職時の研修費、採用費、ビザ費用、違約金等の返還を求める「Stay-or-Pay」条項についても規制が強化されています。
企業としては、競業避止条項に依存するのではなく、営業秘密の管理、適切な秘密保持契約、知的財産の帰属、在職中の忠実義務、情報アクセスの制限、退職時のデータ回収などを組み合わせて、自社の正当な利益を保護することが重要です。
既存の雇用契約に競業避止条項、非勧誘条項、研修費返還条項またはサイニングボーナス返還条項が含まれている場合には、現在のカリフォルニア州法に適合しているかを確認することをお勧めします。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の事案について法的助言を提供するものではありません。具体的な契約内容や事実関係によって結論が異なるため、個別の案件についてはカリフォルニア州弁護士にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和
