米国市民が外国籍の配偶者にグリーンカード(永住権)を取得させる際、USCIS(米国移民局)への申請プロセスの中で提出が求められるのが、Form I-864(扶養宣誓書:Affidavit of Support)です。この宣誓書は、移民が公共扶助(public benefits)に依存しないよう、米国市民が経済的支援を誓約する文書です。
しかし、夫婦が後に離婚した場合でも、この扶養義務は存続するのか? という疑問は、移民家族法の実務で頻繁に問題になります。今回は、I-864の法的拘束力と、カリフォルニア州における離婚後の実務的影響を解説します。
1. I-864(Affidavit of Support)とは何か?
I-864は、連邦移民法(8 U.S.C. § 1183a)に基づき、米国市民や永住者が移民の「経済的保証人(sponsor)」として署名する法的契約です。この契約は:
- 米国政府との法的契約であり
- 移民の所得が連邦貧困ガイドラインの125%未満である間
- スポンサーが生活費を補償する義務を負います
この義務は、通常以下のいずれかが起きるまで継続します:
- 被扶養者が米国市民になる
- 40クォーター分の就労記録(約10年分)を積む
- 国外に永久離脱する
- 死亡する
離婚は終了要件ではありません。
2. 離婚してもI-864の義務は消えない
この点は、多くの米国人配偶者が誤解している部分です。離婚によって夫婦間の扶養義務が家族法上では終わったとしても、I-864の契約義務は移民法上は継続します。
連邦裁判所の多数の判決がこれを確認しており、たとえば:
“The Affidavit of Support creates a legally enforceable contract, and a divorce decree cannot relieve the sponsor of that obligation.”
— Erler v. Erler, 824 F.3d 1173 (9th Cir. 2016)
3. I-864に基づく民事訴訟:元配偶者を訴えることは可能か?
外国籍配偶者は、離婚後でもI-864の経済的扶養義務を履行してもらうために、元配偶者を連邦地裁に提訴することができます。
訴訟により:
- スポンサーに差額支払い義務(例:月収が連邦貧困基準以下であれば、差額を支払う)
- 過去に未履行の分について遡って請求できる
- 弁護士費用の回収が可能なケースもある
4. カリフォルニア州の配偶者扶養(spousal support)との関係
カリフォルニアの家族法(California Family Code)では、離婚後の扶養(alimony/spousal support)は、当事者の収入や婚姻期間、生活水準に応じて裁判所が裁量的に決定します。
一方で、I-864の義務は連邦法に基づく契約義務であり、家族法の扶養義務とは独立して並存します。
つまり:
- 家族法のspousal supportがゼロでも
- または短期婚でalimonyが認められなくても
I-864に基づく扶養請求は依然として可能です。
5. 実務上のアドバイス:スポンサー側・移民配偶者側
▶ 米国市民・スポンサー側へのアドバイス:
- I-864は離婚しても残る契約義務であることを理解しておくこと
- 離婚協議書にI-864に関する記載を検討する(ただし無効となる場合も)
- 移民配偶者の所得や就労状況を把握しておく
▶ 外国籍配偶者(被扶養者)側へのアドバイス:
- 離婚後も支援が必要であれば、I-864に基づく民事訴訟の検討を
- 現状の収入が連邦貧困ガイドライン125%を下回るか確認
- 必要に応じて連邦裁判所で請求可能(連邦管轄)
6. まとめ
Form I-864は、単なるビザ取得のための添付書類ではなく、連邦法に基づく法的拘束力のある契約です。カリフォルニア州で離婚しても、当該扶養義務が消滅することはありません。
移民法と家族法の交錯する領域では、誤解や不備が後に重大な紛争につながることがあります。離婚協議においてはI-864の影響を十分に認識したうえで、専門家の助言を受けることが重要です。
※本記事は一般的情報提供を目的としており、具体的な事案に対する法的助言を構成するものではありません。個別のご相談については、カリフォルニア州の弁護士または移民法専門家にご連絡ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士
日本弁護士 田中良和