カリフォルニア州で交通事故や転倒事故などのパーソナルインジュリー(人身傷害)請求を行う際、最も大きな争点の一つが「損害賠償額の範囲」です。特に医療費については、病院が請求した「帳簿上の金額」なのか、保険会社との契約で減額された「実際に支払われた金額」なのかが問題となってきました。
この点について、カリフォルニア州最高裁判所はHowell v. Hamilton Meats & Provisions, Inc. (2011) 52 Cal.4th 541の判例で重要な判断を示しています。
Howell判決の概要
- 事案の背景
交通事故の被害者が医療費の賠償を求めた際、病院が請求した額(たとえば10万ドル)と、保険会社との契約で実際に支払われた額(たとえば3万ドル)のどちらを損害賠償額として認めるかが争点となりました。 - 裁判所の判断
カリフォルニア州最高裁判所は、原告が実際に負担した額(実際の支払額)に限定してEconomic Damagesを認めると判断しました。つまり、保険会社が医療機関と契約により値引きした部分(例:差額の7万ドル)は損害とは認められない、ということです。
判例の意義
この判例により、次のようなルールが確立されました:
- 経済的損害(Economic Damages)は「実際に支払われた額」に限定される。
- 医療機関が「請求書に記載した額(帳簿上の額)」は、原告が負担していない限り損害とみなされない。
- 保険契約によるディスカウント部分は、被害者にとって「得られた利益」ではなく、最初から存在しない債務と考えられる。
病院がディスカウントに同意していない場合
では、病院が保険会社との契約によるディスカウントに同意していない場合はどうなるのでしょうか。
- 重要なポイント
Howell判決のルールは「保険契約に基づき、医療機関が実際に請求権を放棄した場合」に適用されます。
もし病院がディスカウントに合意していない場合や、請求権を維持している場合、被害者は依然として帳簿上の額(例:10万ドル)の支払義務を負う可能性があります。 - 実務上の扱い
このような場合、裁判所は**「被害者が実際に法的に負担する金額」**を損害として認めます。
つまり、保険会社からの支払いがあっても、病院が差額を請求できるのであれば、その差額も被害者の損害として計上され得ます。 - 判例の補足
Howell後の判例(例:Bermudez v. Ciolek (2015))などでは、病院が請求権を放棄していない場合に、原告が帳簿上の額を根拠に損害を主張できる可能性が示されています。
実務への影響
- 被害者側(Plaintiff)
保険ディスカウントが適用されるかどうかを確認し、もし病院が請求権を保持しているなら、その全額を損害として主張する余地があります。 - 加害者側(Defendant / 保険会社)
病院が実際にディスカウントに同意しているか否かを精査し、もし同意がなければ「帳簿上の額」での責任を負う可能性があります。 - 弁護士実務
医療機関の請求実態を詳細に調査し、保険との契約内容や請求放棄の有無を確認することが不可欠です。
まとめ
カリフォルニア州では、パーソナルインジュリー訴訟における経済的損害の範囲について、基本的には**「実際に支払った額のみが損害賠償の対象になる」**というルールが確立されています(Howell判決)。
しかし、病院がディスカウントに同意していない場合には、被害者が帳簿上の額の支払義務を負うため、その全額が損害額として認められる可能性があります。
したがって、実務においては「保険契約によるディスカウントが確定しているか」「病院が請求権を放棄しているか」を確認することが極めて重要です。
免責事項:本記事は一般的な法的情報の提供を目的としたものであり、具体的な案件に対する法的助言ではありません。カリフォルニア州におけるパーソナルインジュリー請求や損害額算定については、必ず弁護士にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和