不動産を持っているのだけど、生きているうちに売って現金を子どもにあげるのと、家のままこどもに相続させるのは、どちらが税金が得か、という質問を受けます。
不動産投資や資産形成において、「いつ売るか(出口戦略)」は非常に重要です。特にアメリカの税制には、「Step-up in basis(ステップアップ・イン・ベーシス)」という、相続時に資産価値(簿価)がリセットされる非常に強力なルールがあります。
今回は、この仕組みを理解するために、具体的な数字を使って「生前に売却する場合」と「相続してから売却する場合」でどれくらい手取り額が変わるのかを比較します。
Step-up in basis(ステップアップ・イン・ベーシス)とは?
「相続が発生した瞬間に、その資産の取得価格(Basis)が、その日の時価(Fair Market Value)に書き換わる(Step Upする)」というルールです。
通常、不動産を売却した際の利益(キャピタルゲイン)は以下の式で計算されます。
$$売却益 = 売却価格 – 購入価格(取得費)$$
長く保有して値上がりした不動産の場合、この「購入価格」が低いため、売却益が大きくなり、多額の税金がかかります。しかし、相続で引き継ぐ場合、この「購入価格」が「亡くなった日の時価」に更新されるため、含み益にかかる税金が事実上帳消しになるのです。
シミュレーション:50万ドルで買い、200万ドルになった物件
では、具体的な例で比較してみましょう。
- 購入価格(Cost Basis): $500,000
- 現在の時価(Sale Price): $2,000,000
- 含み益(Appreciation): $1,500,000
この物件を、親御さんが「生前に売る」のと、お子さんが「相続してから売る」のでは、天と地ほどの差が出ます。
パターンA:生前に売却する場合(No Step Up)
親御さんが現金化するために、ご自身で売却するケースです。
- 売却価格: $2,000,000
- 取得費(Basis): $500,000
- 課税対象となる利益(Capital Gain): $1,500,000
この150万ドルの利益に対して、キャピタルゲイン税がかかります。
連邦税(最大20%)+NIIT(3.8%)+州税(カリフォルニア州なら最大13.3%など)を合わせると、州によっては約30%〜37%近くが税金で持っていかれる可能性があります。
仮に税率を合計30%と仮定すると:
- 税金: $450,000
- 手残り: $1,550,000
せっかく値上がりした利益の多くが税金として消えてしまいます。
パターンB:相続後に売却する場合(Step Up)
親御さんが亡くなり、お子さんが物件を相続した直後に売却するケースです。ここで「Step Up」が発動します。
- 相続時の時価: $2,000,000
- 新しい取得費(Stepped-up Basis):$2,000,000
- ※50万ドルではなく、時価の200万ドルにリセットされます!
- 売却価格: $2,000,000
さて、利益の計算はどうなるでしょうか?
$$売却価格(\$2M) – 新しい取得費(\$2M) = 利益 \$0$$
なんと、課税対象となる利益(キャピタルゲイン)はゼロになります。
- 税金: $0(キャピタルゲイン税に関して)
- 手残り: $2,000,000
比較まとめ
| 項目 | 生前売却 (Before Death) | 相続後売却 (After Death) |
| 売却価格 | $2,000,000 | $2,000,000 |
| 計算上の取得費 | $500,000 | $2,000,000 (Step Up!) |
| 課税対象利益 | $1,500,000 | $0 |
| 想定される税金 | 数十万ドル (例: $450k) | $0 |
| 手元に残るお金 | 少ない | 最大化される |
※注:ここでは遺産税(Estate Tax)の控除枠などは考慮せず、所得税(キャピタルゲイン税)のみに焦点を当てています。
注意点とまとめ
このように、含み益が大きい不動産を持っている場合、**「死ぬまで持ち続ける(Buy and Hold until death)」**ことが最強の節税対策と言われるのはこのためです。
ただし、以下の点には注意が必要です。
- 遺産税(Estate Tax): 資産総額が基礎控除額(2024年時点で約1,361万ドル/人)を超える場合、相続財産そのものに遺産税がかかります。
- 共有名義の扱い: 夫婦共有名義(Joint Tenancy)の場合、お住まいの州がCommunity Property State(カリフォルニアやテキサスなど)かどうかで、Step Upが半分だけ適用されるか、全額適用されるかが変わります。
- 流動性: 相続まで待つということは、親御さんが生前にその不動産現金を自由に使えないことを意味します。
「Step Up」は非常に強力なツールですが、家族全体のライフプランと合わせて検討することが大切です。売却を急ぐ理由がないのであれば、一度立ち止まって専門家にシミュレーションを依頼することをお勧めします。
免責事項(Disclaimer)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的、税務的、または投資助言を構成するものではありません。米国の税制は複雑であり、個々の状況や州法によって取り扱いが異なります。具体的な意思決定にあたっては、必ず専門の税理士(CPA)や弁護士にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和
