Chapter 11は、事業の継続と再建を目的とするアメリカ連邦破産法の再生手続です。しかし、申請時点で発生している未払い債務(pre-petition claims)は原則として支払停止となり、債権者は自動停止命令(automatic stay)により強制的な回収を行えません。
このような状況の中でも、事業継続に不可欠な取引先には例外的に支払いを行うことが認められる場合があります。これが「Critical Vendor(クリティカル・ベンダー)」制度です。債務者は裁判所の許可を得て、倒産申請前の債務の一部を支払い、サプライチェーンを維持することができます。
1. Critical Vendorの定義と要件
Critical Vendorとは、債務者企業にとって不可欠で、供給が停止すれば破産手続中の事業継続や再建計画の遂行に深刻な影響を及ぼす取引先を指します。たとえば、次のような供給業者が該当します:
- 代替が困難または不可能な特殊部品の製造業者
- 医薬品や食料品など時間的制約のある商品の供給者
- 物流・輸送業者や特許・技術供与元
裁判所がCritical Vendorを認定するには、以下の3要素(In re Kmart Corp., 359 F.3d 866 (7th Cir. 2004)などに基づく)が重要とされています:
- 該当ベンダーのサービス停止が債務者の事業継続に重大な影響を与えること
- 支払いがなければ該当ベンダーが継続供給を拒否すること
- 支払いによる事業継続の利益が、債権者全体の利益に資すること
2. Critical Vendor MotionとInterim Order
債務者がCritical Vendorにpre-petition債務の支払いを希望する場合、破産申立後速やかに裁判所へ「Critical Vendor Motion」を提出します。この申立書には、次のような情報が含まれます:
- どの債権者をCritical Vendorとしたいか
- 支払う予定の金額(通常は上限付き)
- 支払いによって得られる具体的な利益
- そのベンダーが代替不可能である理由
裁判所は緊急性を考慮し、「Interim Order(仮命令)」の形で支払いを許可することが一般的です。その後、正式な本命令(Final Order)で認定する流れが多く見られます。
3. 支払額の上限とその根拠
Critical Vendorへの支払いは、倒産申請前の一般債権者との平等原則(parity principle)に反する可能性があるため、厳格な審査と金額の上限設定が求められます。
多くのケースでは、「総額で上限○○ドル」「1社あたり最大○○ドル」「最大○○社まで」というような制限が裁判所命令に明記されます。また、債務者側も全体再建計画の一部として必要最小限の支払いにとどめなければなりません。
4. 債権者側の戦略:Critical Vendor指定を求める
通常、Critical Vendorは債務者側が選定しますが、債権者自身がCritical Vendorに指定して欲しいと要望することも可能です。そのためには、次のような点を主張することが重要です:
- 供給停止が債務者の事業継続に重大な影響を及ぼすこと
- 継続取引にはpre-petition債務の支払いが不可欠であること
- 過去の取引実績や特有の技術・サービスを有していること
多くの債権者がこのCritical Vendor指定を求めるため、債務者側との交渉が激しくなる場面もあります。
5. 将来の取引条件とVendor Agreement(合意書)
Critical Vendorとしてpre-petition債務の支払いを受ける代わりに、ベンダーは今後の取引を従来と同等か、それ以上に債務者に有利な条件で提供する義務を負います。これにより、債務者のキャッシュフローを改善し、再建に資するよう設計されています。
この取引条件は、書面による契約書(Vendor AgreementやTrade Agreementとも)として締結され、通常以下のような条項が含まれます:
- 今後の納入価格は破産前と同等またはそれ以下
- 納期の厳格な遵守
- 支払条件(例:Net 30)
- 債務者が支払い遅延を起こした場合の解除条項
裁判所もこの契約の存在を重視しており、Vendor Agreementの締結がCritical Vendor Motionの承認条件となる場合もあります。
6. 実務上の留意点とリスク
Critical Vendor制度は債務者にとって強力な再建手段である一方、乱用を防ぐために裁判所の厳格な監視があります。また、以下のようなリスクもあります:
- ベンダーが過大な支払いを要求する
- 他の一般債権者が優遇的扱いに異議を唱える
- Vendor Agreementを巡る将来の契約紛争
そのため、Critical Vendor指定の交渉にあたっては、戦略的かつ法的根拠に基づいた準備と文書化が不可欠です。
まとめ:Critical Vendor制度の意義
Chapter 11におけるCritical Vendor制度は、サプライチェーンの安定を確保し、再建計画を現実的かつ迅速に実現するための重要な制度です。ただし、制度の適用には高度な法的判断と交渉力が求められるため、債務者・債権者いずれにとっても、経験豊富な弁護士による助言が望まれます。
※本記事は一般的な法的情報の提供を目的としたものであり、特定の事案についての法律相談を構成するものではありません。個別のご相談については、必ず弁護士などの専門家にご相談ください。
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和