刑事手続において、被疑者の「黙秘権(right to remain silent)」は、重要な人権保障の一つです。日本とアメリカでは、黙秘権自体は法制度として存在しますが、その運用の実態には大きな違いがあります。
アメリカ(カリフォルニア州)と日本における黙秘権の制度・実務運用を比較し、日本において黙秘権を行使したにもかかわらず執拗な取調べが続いた実例も紹介します。
1. アメリカの黙秘権:厳格な法的保護
アメリカ合衆国憲法修正第5条(Fifth Amendment)は、自己に不利益な供述を強要されない権利、すなわち黙秘権を保障しています。
また、刑事被疑者が警察により拘束された状態で取調べを受ける場合、取調べに先立ち、いわゆるミランダ警告(Miranda Warning)が必要です。
ミランダ警告の主な内容(簡略化):
- あなたには黙秘する権利があります
- あなたが話したことは裁判で証拠として使われる可能性があります
- 弁護士の立ち会いを求める権利があります
- 弁護士が来るまで黙っていることができます
黙秘権や弁護士の立ち会いを求める意思が示された場合、警察は取調べを即時中止しなければならず、それを無視した供述は裁判で無効とされる可能性が高いとされています(Miranda v. Arizona, Edwards v. Arizona など)。
2. 日本の黙秘権:形式はあっても実質的な行使は困難
日本国憲法第38条も、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と明記しており、黙秘権を保障しています。取調べ時にも、「黙秘することもできる」と説明される建前にはなっています。
しかし、実務上は黙秘権を行使しても、なお執拗な取調べが長時間続けられるケースが後を絶ちません。
3. 【実例】日本における黙秘権の形骸化
例:袴田事件(1966年)
静岡県で起きた殺人事件の被疑者であった袴田巌氏は、逮捕当初から黙秘を貫こうとしましたが、連日の長時間取調べ、睡眠時間や食事を制限する環境下で精神的に追い詰められ、最終的に自白に追い込まれました。
袴田氏は死刑判決を受けましたが、再審請求を繰り返し、約48年後の2014年に釈放され、再審が開始されました。この事件は、日本における黙秘権の実効性や取調べ制度の問題を国際的に知らしめた象徴的な事例です。
4. 実務上の違いと注意点
項目 | アメリカ | 日本 |
---|---|---|
黙秘権の根拠 | 憲法修正第5条 | 憲法第38条 |
黙秘権行使後の取調べ | 即時中止される | 継続される場合がある |
弁護士の同席 | 要求すれば原則として取調べ中止 | 弁護士立会いは認められない |
違法な供述の扱い | 証拠排除(排除法則あり) | 排除されにくい(裁判官の裁量) |
5. アメリカで取調べを受ける日本人へのアドバイス
- 「I want to remain silent.」(黙秘します)とはっきり伝えること
- 「I want a lawyer.」(弁護士を呼んでください)と述べること
- 弁護士が来るまで一切話をしないこと
アメリカではこれらを明確に伝えることで、黙秘権が確実に保護されます。曖昧な返答や不要な説明は、後に不利な供述として扱われるおそれがあります。
まとめ
黙秘権は、日本にもアメリカにも存在する法的権利ですが、その実効性は大きく異なります。特に、日本では制度上存在していても、実際には黙秘を行使しにくく、行使しても無視されることがあるという点が深刻です。
一方、アメリカ、特にカリフォルニア州では黙秘権の行使が厳格に保護され、違反があれば証拠排除も可能です。海外で刑事事件に関与した場合には、これらの制度の違いを理解して行動することが極めて重要です。
(本記事は一般的な法的情報の提供を目的としており、特定の事案についての法的助言を構成するものではありません。)
カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア州弁護士・日本国弁護士
田中良和