田中良和国際法律事務所

カリフォルニアAB 1898の実務的影響― 職場における人工知能ツール利用に関する通知義務規制の概要と企業対応 ―雇用主がAIで従業員を評価・監視する時代へ

近年、採用候補者のスクリーニング、従業員の勤務状況の分析、業務効率の測定、業績評価、シフト管理、さらには職場監視ツールの運用など、これまで人間の管理者が担ってきた判断・確認作業の一部を、人工知能(以下「AI」という。)ないし自動化システムが補助する場面が急速に拡大しています。

このような状況のもと、カリフォルニア州議会では、職場におけるAIツールの利用に際して従業員への事前通知を義務づける法案として、AB 1898(以下「本法案」という。)が提出されており、各企業の人事・労務担当者ならびに法務部門の注目を集めています。

本稿は、本法案の内容および実務上の影響を概説することを目的とするものであり、個別の法的助言を構成するものではありません。なお、本法案は2026年6月7日時点において成立には至っておらず、引き続き州議会にて審議中(直近では2026年5月14日に委員会において「Held under submission」とされています。)であることにご留意ください。

本法案の基本的な目的は、職場においてAIないし監視ツールが使用される場合に、従業員が当該事実を知らないまま評価・管理・監視されることを防ぎ、職場におけるAI利用の透明性を確保することにあります。

使用者がAIシステムを活用して行う意思決定の対象は多岐にわたり、採用・昇進・懲戒・解雇・業務成績の評価・シフトおよび業務量の割当・勤務態度や生産性の測定など、労働者の雇用上の利益に直接影響を及ぼす事項が含まれます。

従業員側の視点からは、「自らがいかなるデータに基づいて評価されているのか」「AIがどの程度人事判断に関与しているのか」が不明確であるという、いわゆる情報の非対称性が問題となっています。本法案は、この非対称性を是正し、労働者の知る権利を制度的に保障しようとするものと解されます。

本法案は、適用対象として「職場AIツール(workplace AI tool)」および「職場監視ツール(workplace surveillance tool)」を規定しています。

1 職場AIツール

AIを利用した自動化された意思決定システムおよび職場監視ツールを含む概念として定義されており、その範囲は広範です。

2 職場監視ツール

労働者のデータ、活動、コミュニケーション、行動、生体情報、位置情報等を収集するシステムをいい、具体例として以下が挙げられています。

  • 映像・音声による監視システム
  • 継続的な就労時間追跡ツール
  • 位置情報の取得・管理システム
  • 電子的追跡システム(キーボード操作ログ、ログイン状況の記録等)
  • 光学的システム

上記定義の射程は相当広く、単に「AI採用ツール」にとどまりません。たとえば、以下のようなシステムも本法案の規制対象となり得ます。

  • 履歴書の自動スクリーニングシステム
  • 従業員の生産性をスコア化・ランク付けするシステム
  • コールセンターにおける通話内容・応対品質の分析ツール
  • 配送・倉庫・小売業等における従業員の動線・作業速度の追跡システム
  • 勤務時間、キーボード操作、ログイン状況等を記録・分析するツール
  • 懲戒・解雇・昇進に関する判断を補助するAIシステム

本法案の中核は、使用者が職場AIツールを利用するにあたり、影響を受ける労働者に対して書面による事前通知を行うことを義務づける点にあります。

1 通知の時期

委員会分析によれば、使用者は、職場AIツールを新たに導入する場合、当該導入の少なくとも90日前に通知を行うことが想定されています。また、2027年1月1日以前から既にツールを使用している使用者については、2027年2月1日までに通知を完了することが求められる見込みです。さらに、新たに雇用される労働者に対しては、採用時に通知を行うことが想定されています。

2 通知の内容

通知は単なる抽象的な告知(例:「当社はAIを使用しています。」)では足りず、以下の事項を具体的に記載する必要があると解されます。

  • 使用するツールの名称・種別
  • 当該ツールの使用目的
  • 収集される従業員データの種類
  • 影響を受ける可能性のある雇用上の判断の範囲(採用・昇進・懲戒・解雇等)
  • ツールが設定または執行するノルマ、スコア、ランキング等の有無
  • 使用する職場、部署または職種

本法案が成立した場合、将来的に導入するツールのみならず、現時点で既に使用しているツールについても通知義務が生じる点は、実務上特に留意が必要です。

多くの企業において、採用管理システム(ATS)、勤怠管理システム、従業員評価システム、営業管理ツール、コールセンター分析ツール等には、使用者側が必ずしも「AI機能」として認識していない自動分析機能や自動スコアリング機能が組み込まれている場合があります。

このような場合、使用者は知らず知らずのうちに規制対象ツールを使用していることになりかねないため、早期の実態把握が不可欠です。

カリフォルニア州において事業を営む日系企業にとって、本法案は看過できない法的リスクを内包しています。特に以下に該当する企業においては、早急な検討が求められます。

  • カリフォルニアに現地法人を有する日系企業
  • Eビザ(E-1・E-2)により米国において事業を営む企業
  • 小売・物流・製造・飲食・ホテル・介護等の分野において多数の従業員を擁する企業
  • 採用管理システム、勤怠管理システム等のHR Techを導入している企業
  • リモートワーク従業員の勤務状況をシステムにより管理している企業

日系企業においては、人事システムが本社または外部ベンダーにより管理されている場合も多く、現地法人の担当者がシステムの機能詳細を十分に把握していないケースが散見されます。しかし、カリフォルニアにおいて従業員を雇用している以上、同州の労働法規制への対応は免れません。

また、AIツールの使用が意図せず特定の属性(年齢・性別・人種・障害・妊娠・国籍等)を有する従業員に不利な結果をもたらす場合には、差別禁止法上の問題に発展するリスクがあります。さらに、AIによる監視について苦情を申し出た従業員が不利益な取扱いを受けた場合には、報復禁止法違反として争われる可能性があることにも十分な注意が必要です。

本法案は現時点では未成立ですが、成立に向けた審議が進んでいることに鑑み、以下の実務的対応を早期に着手することを推奨します。

  1. 使用中の人事・労務管理ツールの棚卸し:採用・勤怠・評価・監視・業務管理・セキュリティ管理等に使用しているすべてのシステムを一覧化すること。
  2. AI機能・自動判断機能の有無の確認:各ツールについて、AI機能、自動スコアリング、自動分類、自動推奨機能の有無をベンダーの契約書・利用規約・製品説明・プライバシーポリシー・データ処理契約等により確認すること。
  3. 収集される従業員データの整理:各ツールが取得する従業員データの種類(氏名・勤務時間・位置情報・業務成績・通話内容・メール・チャット・行動履歴・生体情報等)を特定し、人事判断への影響を評価すること。
  4. 従業員向け通知文のひな形の作成:今後の規制成立に備え、ツール名・目的・収集データ・影響を受ける判断・使用部署・問い合わせ窓口等を記載した通知文のひな形を法務・人事部門が連携して作成すること。
  5. 法務・人事・IT・コンプライアンス部門による横断的な検討体制の整備:AIツールの導入・継続使用に際して、単一部門での判断ではなく、各部門が連携してリスクを評価する体制を構築すること。

労働者の視点からは、本法案は以下に掲げる問題に対処するための重要な立法施策として位置づけられます。

  • AIによる判断基準の不透明性
  • 誤ったデータに基づく評価の危険性
  • 特定の属性を有する労働者への不均衡な影響
  • 人間の管理者によるAI評価の無批判な受容
  • 解雇・懲戒処分の理由の説明不足

本法案は、少なくとも「いかなるツールが使用されているか」という基本的な情報を労働者に開示することを義務づけるものであり、労働者の自律的な権利行使の前提となる情報へのアクセスを保障する趣旨と解されます。

AB 1898は、カリフォルニア州における職場AI規制の重要な立法動向の一つを体現するものです。本法案が最終的に成立するかどうか、またその内容が今後の審議においてどのように変容するかは、現時点では予断を許しません。しかし、職場におけるAI利用が拡大し続けている現状に鑑みれば、類似の規制が成立する可能性は相当程度存在します。

カリフォルニアにおいて従業員を雇用する企業にとって、今後の課題は「AIを使用するかどうか」という次元を超え、「AIをいかに説明し、いかに管理するか」という法的・倫理的な経営課題へと昇華しつつあります。本稿が、企業における早期の検討着手の一助となれば幸いです。

※本稿は、2026年6月7日時点の公開情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、個別具体的な法的助言を構成するものではありません。AB 1898は現在審議中の法案であり、その内容および成立状況は今後変更される可能性があります。個別の法律問題については、担当弁護士にご相談ください。

カリフォルニア拠点(ロサンゼルス、サンフランシスコ、ベイエリア)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和

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