田中良和国際法律事務所

変革期を迎えたカリフォルニア州司法試験

カリフォルニア州司法試験は長年、全米で最も難関とされてきました。合格率の低さと試験の厳しさで知られ、多くの法律家志望者にとって大きな関門となっています。2025年2月、この試験は重要な転換点を迎え、従来の試験方式から大きく変更されました。これまで使用されていたMBE(Multistate Bar Examination)という全米共通の択一式問題から離れ、カリフォルニア州独自の択一問題を採用する試みが始まったのです。

この変更自体は、カリフォルニア州特有の法律知識や実務能力をより適切に評価するという観点からは理解できるものでした。しかし、問題はその実施方法と問題の質にありました。

最近の州司法委員会のプレゼンテーションで、今回の試験問題の出所が明らかになり、法曹界に衝撃が走りました。The Guardian紙は「AI helped write bar exam questions, California state bar admits」(カリフォルニア州司法委員会、司法試験問題にAIが使用されたことを認める)という見出しでこの問題を詳細に報じています。

州司法委員会の発表によると:

According to a recent presentation by the state bar, 100 of the 171 scored multiple-choice questions were made by Kaplan and 48 were drawn from a first-year law students exam. A smaller subset of 23 scored questions were made by ACS Ventures, the state bar’s psychometrician, and developed with AI.

(日本語訳)
州司法委員会の最近のプレゼンテーションによると、採点対象となる171問のマルチプルチョイス問題のうち、100問はKaplanによって作成され、48問はロースクール1年生向けの試験から採用されました。残りの23問は州司法委員会の心理測定専門家であるACS Venturesによって、AIを活用して開発されたものでした。

Kaplanによる問題作成

採点対象の171問中100問(約58%)はKaplanという予備校業者によって作成されていました。Kaplanは確かに法律試験対策の分野では知名度の高い企業ですが、実際の弁護士資格試験の問題を大量に作成するという役割は異例です。法曹教育の専門家からは、「予備校が試験問題を作成し、その予備校が同じ試験の対策講座を提供するという構図は利益相反の可能性がある」との指摘もあります。

ロースクール1年生向け問題の流用

さらに問題なのは、48問(約28%)がロースクールの1年生向けの問題をそのまま使用していた点です。ロースクール1年次(いわゆる1L)の学生は法律の基本原則を学び始めたばかりであり、その段階で求められる知識と理解のレベルは、実務に就く準備ができている弁護士に求められるものとは根本的に異なります。

ロースクール教授の一人は匿名でこう語っています:

「1年生向けの試験は法的思考の基礎を評価するためのものであり、実務的な判断力や複雑な法的分析能力を測るものではありません。これは車の運転免許を取得するために小学生向けの交通安全テストを使用するようなものです。」

AIを活用した問題作成

最も議論を呼んでいるのが、残りの23問(約14%)です。これらはACS Venturesという心理測定専門会社が、AIを活用して作成したものでした。法律の専門家ではなく心理測定の専門家が問題を作成していたこと自体が問題視されていますが、さらにAIを活用していたという事実に、多くの法曹関係者から強い懸念が表明されています。

カリフォルニア州弁護士会の匿名のメンバーは次のように述べています:

「AIは確かに有用なツールですが、法律問題の微妙なニュアンスや実務的な判断を適切に評価する問題を作成できるほど成熟しているとは思えません。特に法的推論の複雑さを理解するには、実際の法律実務の経験が不可欠です。」

AIで作成された問題については、受験した多くの学生から具体的な不満の声が上がっています。「設問が不自然で、まるでAIで作成されたみたい」というコメントもありました。

今回の試験を受験した私の知人は次のような体験を語っています:

「問題文と選択肢が全く関連していない問題があって、何も考えなくても誤りの選択肢であると分かるような問題がありました。また、明らかに矛盾した事実関係を含む問題文もありました。」

別の受験者はこう述べています:

「複数の問題で、同じフレーズや表現が繰り返し使われており、まるでテンプレートから生成されたかのようでした。法的思考を試すというより、不自然な文章を解読する試験のようでした。」

さらに、私の知人は、「全く同じ論点を問う問題が複数回出題された」というコメントをしています。

「171問中、全く同じ論点を問う問題が何個かありました。別々の業者が問題を作成し、それを合わせて出題したので、業者間の調整ができておらず、同じ問題が複数出された可能性があります。試験中に同じような問題に何度も遭遇したため、『自分が問題を読み間違えているのではないか』と不安になりました。」

このような事態は受験生に大きな混乱をもたらし、試験の信頼性にも深刻な疑問を投げかけています。

日本の司法試験では、試験委員として選ばれた各分野の大学教授や実務経験豊富な裁判官、検察官、弁護士が1年以上かけて問題を作成・検討します。問題は複数の専門家による厳格な査読プロセスを経て、法的正確性と適切な難易度が保証されています。

このような丁寧なプロセスと比較すると、カリフォルニア州の今回の取り組みは極めて対照的です。予備校業者、ロースクール1年生向け問題、そしてAIを活用した問題作成という方法は、コスト削減や効率化を優先させた結果ではないかという疑念が拭えません。

問題の質以外にも、今回の試験ではテクノロジー面での深刻な問題も発生しました。コロナ禍以降、久しぶりに導入されたリモート受験のシステムで大規模な不具合が発生し、多くの受験者が試験自体を完了できないという事態に陥りました。

ある受験者は次のように証言しています:

「試験開始から30分後にシステムがクラッシュし、再接続できなくなりました。何度もサポートに連絡しましたが、結局その日の試験部分を完了できませんでした。数年の準備が無駄になる可能性があると思うと、精神的に大きなダメージを受けました。」

これらの問題を受けて、州司法委員会は次回からリモート受験を中止することを決定しました。しかし、問題作成プロセスについての具体的な改善策はまだ発表されていません。

カリフォルニア州弁護士になるための試験は、単なる形式的な関門ではなく、実務に必要な法的知識と思考力を適切に評価するものであるべきです。受験生は数年間の法学教育と何百時間もの試験準備を経てこの試験に臨んでいます。

司法試験の信頼性と妥当性を回復するためには、以下のような改善が必要とされています:

  • 問題作成委員会の再構成:法学教授や実務経験豊富な弁護士を中心とした委員会による問題作成
  • AIの適切な位置づけ:AIは補助ツールとしての活用にとどめ、最終的な問題の質と法的正確性は法律専門家が確認
  • 透明性の確保:問題作成プロセスの詳細を公開し、法曹界からのフィードバックを受け入れる体制の構築

現在、複数の法科大学院やカリフォルニア州内の弁護士団体がこの問題について声明を発表し、州司法委員会に改善を求めています。今後の動向が注目されます。

カリフォルニア州司法試験は、法曹界への重要な関門です。その質と公正さを確保することは、単に受験生のためだけでなく、将来の法律サービスを受ける市民のためにも不可欠です。今回明らかになった問題は、試験制度の根本的な見直しを迫るものであり、法曹教育と資格認定の在り方について重要な議論のきっかけとなっています。

受験生の立場からすれば、数年にわたる厳しい学習と多額の教育投資の末に臨む試験が、適切な検証を経ていない問題で構成されているという事実は受け入れがたいものです。カリフォルニア州司法委員会には、この問題に真摯に向き合い、改善を行うことが求められています。次回の試験は2025年7月に実施されるので、残された時間はあまりないです。

カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ベイエリア、ロサンゼルス)
カリフォルニア弁護士・日本弁護士
田中良和

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