田中良和国際法律事務所

ハーグ条約で、カリフォルニアから日本へ連れ去られた子をカリフォルニアに返還してもらうための要件

国際結婚の増加に伴い、一方の親が他方の親の同意なく子どもを日本へ連れて帰ってしまったという相談がよくあります。

特に夫婦の仲が良くない場合、配偶者が黙って、突然未成年の子を連れて、日本に帰国するという心配があります。


このような場面で問題となるのが、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約」です。日本と米国はいずれもこの条約の締約国であり、一定の要件を満たせば、日本にいる子を元の常居所地であるカリフォルニアへ返還するよう求めることができます。

この記事では、カリフォルニアから日本へ子が連れ去られた場合に、カリフォルニアへ連れ戻すための主な要件を、実務上の争点も含めて整理します。

ハーグ条約は、どちらの親が最終的に親権を持つべきかを決める制度ではありません。
条約の目的は、子が不法に連れ去られた、または留置された場合に、原則としてその子を元の「常居所地」に迅速に返還し、親権・監護権の本案はその常居所地の裁判所で判断させることにあります。

したがって、カリフォルニアから日本へ子が連れて行かれたケースでは、争点はまず、**「日本に子がいることが、ハーグ条約上の不法な連れ去り(wrongful removal)または留置(wrongful retention)に当たるか」**です。

要件1 子が16歳未満であること

ハーグ条約は、16歳未満の子に適用されます。16歳に達すると、条約上の返還制度の対象外になります。

要件2 子の「常居所地」が日本へ移動する直前はカリフォルニア(米国)であったこと

もっとも重要な要件の一つが、子の常居所地(habitual residence)です。
条約上、子は、監護権侵害が起きる直前に締約国に常居所を有していたことが必要です。

米連邦最高裁は、常居所地について、機械的な一要素だけで決まるのではなく、その子が具体的事情のもとで「どこを生活の本拠としていたか」を総合的に判断する事実問題だと述べています。単に一時滞在していたか、家族として生活の本拠を置いていたか、学校・医療・日常生活の基盤がどこにあったか、親の生活実態などが重視されます。

そのため、たとえば次のような事情は、カリフォルニアが常居所地であったことを裏付ける方向に働きます。

  • カリフォルニアで家族として生活していた
  • 子が現地の学校や保育園に通っていた
  • 子の医療、住居、日常生活の中心がカリフォルニアにあった
  • 日本行きが一時帰国や短期滞在の予定にすぎなかった
  • 両親とも、少なくとも子の生活拠点はカリフォルニアにある前提で暮らしていた

これに対し、すでに家族の生活拠点を日本へ移す合意が固まっていたような事情があると、常居所地の立証が難しくなることがあります。

要件3 連れ去り・留置が、申立人の「監護権」を侵害していること

条約3条では、返還が認められる前提として、連れ去りまたは留置が、常居所地の法令に基づく申立人の監護権(rights of custody)を侵害していることが必要とされています。監護権は、法律上当然に発生する場合もあれば、裁判所命令や法的効力のある合意によって生じる場合もあります。

ここでいう「監護権」は、米国法・カリフォルニア法上の用語と完全に一致するとは限りませんが、少なくとも、子の居所や国を一方的に変更されない法的利益が問題になります。
たとえば、両親が婚姻中で共同して親としての権限を有していたり、共同親権・共同監護の命令があったりする場合には、通常、この要件を満たしやすいです。

要件4 連れ去り時に、その監護権を現実に行使していたこと

日本外務省の説明でも、返還拒否事由の一つとして、申立人が連れ去り時に実際には監護権を行使していなかった場合が挙げられています。裏を返せば、返還を求める側は、通常、自分が現実に子に関わり、親としての権限を行使していたことを示す必要があります。

この点では、同居、育児分担、送迎、通院同行、学費や生活費負担、日常的な連絡などの事情が重要になります。

典型例は、カリフォルニアで生活していた子を、他方親が同意なく日本へ連れて行き、そのまま戻さない場合です。
また、最初は「夏休みだけ日本へ行く」「数週間だけ実家に帰る」と説明していたのに、後から帰米を拒んで日本に留まった場合には、「不法な留置(wrongful retention)」として問題になることがあります。

条約12条では、不法な連れ去りまたは留置から1年以内に返還手続が開始された場合、原則として速やかに返還命令がされる仕組みになっています。
これに対し、1年を超えてしまうと、子が新しい環境に「定着した(settled)」として返還が拒まれる余地が生じます。日本外務省も、返還拒否事由の一つとしてこの点を明示しています。

したがって、連れ去りに気づいたら、できるだけ早く動くことが極めて重要です。
時間が経つほど、返還のハードルが上がる可能性があります。

ハーグ条約では、要件を満たしていても、一定の場合には返還が拒否されることがあります。日本外務省が案内している代表的な例外は次のとおりです。

① 申立てが1年を過ぎ、子が新しい環境に定着している場合

前述のとおり、1年経過+定着が認められると、返還が拒否されることがあります。

② 返還を求める親が、連れ去り時に実際には監護権を行使していなかった場合

たとえば、長期間にわたり子とほとんど関わりがなく、実質的に監護権を放棄していたような事情があると、この例外が問題になります。

③ 返還を求める親が、連れ去りに同意していた、または事後的に承認した場合

たとえば、明確に日本移住へ同意していた、あるいは事後に長期間異議を述べず、**黙示の承諾・追認(acquiescence)**と評価される事情がある場合です。

④ 子を返還すると、身体的・精神的害悪の重大な危険がある場合

条約13条(b)は、返還により子が**身体的または精神的な害悪にさらされる重大な危険(grave risk)**がある場合などを例外として認めています。

この例外はよく主張されますが、条約の基本が「迅速な返還」にあるため、常に広く認められるわけではありません。もっとも、家庭内暴力、深刻な虐待、子への重大な危険など、具体的事情によっては重要な争点になります。米国の裁判例でも、この「grave risk」が主要争点となることがあります。

⑤ 子が返還に異議を述べ、年齢・成熟度からその意思を考慮すべき場合

日本外務省の案内では、子が返還を拒み、かつその意見を考慮するに足りる年齢・成熟度に達している場合も、返還拒否事由として整理されています。

カリフォルニアから日本に子が移された事案では、実務上、特に次の点が争点になりやすいです。

常居所地は本当にカリフォルニアか

たとえば、夫婦の一方が「もともと日本へ帰る予定だった」と主張し、他方が「いや、あくまで一時帰国だった」と主張することがあります。
この場合、渡航前後のメール、LINE、学校関係資料、賃貸契約、就労状況、医療記録などが重要になります。
常居所地の判断は形式より実態重視です。

同意があったか

「日本へ行くこと自体」への同意と、「日本へ移住して戻らないこと」への同意は別問題です。
短期帰国への同意しかなかったのに、相手方が永住の同意だったと主張するケースは少なくありません。

返還申立てに対し、連れ去った親がDVやモラハラ、子への危険を理由に返還拒否を主張することがあります。
この点は事案ごとの差が大きく、単なる夫婦間不和では足りず、子の返還が具体的に重大危険を生じさせるかが中心になります。

返還を求める親としては、少なくとも次のような資料が重要です。

  • 子の生活の本拠がカリフォルニアにあったことを示す資料
  • 自分に監護権があったことを示す法令、裁判所命令、合意書など
  • 実際に子の養育に関わっていたことを示す資料
  • 日本行きが一時的なもので、恒久移住への同意はしていないことを示す通信履歴
  • 連れ去り・留置の日付を示す資料

これらは、常居所地、監護権、権利行使、同意の有無、1年ルールのいずれにも関わるため、早期に保存・整理することが重要です。

カリフォルニアから日本へ子が連れ去られた場合、ハーグ条約に基づきカリフォルニアへの返還を求めるための中心的な要件は、次のとおりです。

  1. 子が16歳未満であること
  2. 連れ去り・留置の直前の常居所地がカリフォルニア(米国)であったこと
  3. 返還を求める親に、カリフォルニア法等に基づく監護権があったこと
  4. その監護権を現実に行使していたこと
  5. 相手方による日本への移動または日本での留置が、その監護権を侵害する不法な連れ去り・留置であること
  6. 返還拒否事由(同意、追認、重大危険、1年経過後の定着など)が認められないこと

特に重要なのは、「常居所地」と「同意の有無」、そしてできるだけ早く手続を始めることです。
ハーグ条約事件は、親権本案とは異なる独自の論点とスピード感で進むため、通常の離婚・親権紛争とは別に、国際家族法に慣れた弁護士による検討が重要になります。


免責
本記事は一般的な法的情報の提供を目的とするものであり、個別案件についての法律相談ではありません。具体的な事案については、事実関係を踏まえて弁護士にご相談ください。

カリフォルニア拠点(サンフランシスコ、ロサンゼルス、ベイエリア)
カリフォルニア州弁護士・日本弁護士
田中良和

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